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T-TRAKの歴史(日本語訳)
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目次/リンク
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T-TRAKの歴史(日本語訳) 本文概念の起源
T-TRAKは、アメリカ人のLee Monaco-FitzGerald氏が考えたものです。
しかし、確実に、2000年と2001年に彼女と Jim FitzGerald(ジム・フィッツジェラルド)氏が日本で見た、
たくさんの模型製作のアイディアが、T-TRAKの概念の起源です。
ここで説明する概念の起源は、大部分が遡ること2000年7月のNTRAKニュースレター(時事通信)のレビュー(評論)から始まる過去記事に掲載されています。
2000年7月のNTRAKニュースレターには、2000年8月13日(日)から東京で始まった日本鉄道模型の会(JAM)
国際鉄道模型コンベンションの記述があります。
Jim FitzGerald氏は、コンベンションで講演を依頼されました。
そして、このコンベンションの場で行われた相互交流は、T-TRAKという概念に密接に関わっています。
NTRAKニュースレター9月号には、JAMコンベンションの詳細が記載されており、そこでは、日野鉄道模型クラブのレイアウトについて述べられています。
日野鉄道模型クラブのレイアウトは、モジュールがテーブルの上から約4インチ(100mm)の高さであることが特記されました。
日野鉄道模型クラブのレイアウトは2列の本線を持ち、ニュースレターの説明にあるように、
線路はたしかにKATOユニトラックでした。
これらのモジュール上の線路は、モジュール端から1/4"(6mm)セットバックされ、かつ、はみ出た線路が相互のモジュールの接続に使われています
(訳者注:T-TRAKモジュールと同様、ややはみ出たレールを使ってモジュールを接続している、という意味でしょうか?)。
NTRAKに近いより大きな曲線を持つ北アメリカをプロトタイプにしたコーナーモジュールの写真も見えます。
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最初のT-TRAKモジュール
Lee氏は、最初の3つのT-TRAKモジュールを作成しました。
そして、2001年7月、彼らはゲートウェイ2001全国大会、セントルイス、ミズーリ州の国立トレインショーでT-TRAKモジュールを展示しました
(訳者注:displayed them sitting atopとありますので、写真のような展示で、列車の走行はしなかったようです)。
最初のモジュールは、Lee氏が日本で入手したアートボード(木製パネル?)を使用して作成されました。
ボードは、A4用紙(日本での標準の用紙サイズ)で両端に一インチ程度の厚み(の板)を貼ったもので、
線路とストラクチャーを保持するために必要な構造です。
トラックや風景を保持するために必要な構造を提供し、エンドプレートとの厚いインチ程度です。
記事では、彼女とJim氏がアートボードを供給してくれるアメリカの業者を探しており、
それが利用可能になった場合には追加情報を出す、とLee氏は述べていました。
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青白白青 電気配線
T-TRAKモジュールを前または後ろから見ると、ケーブルが青白白青(多くの場合、bwwbと略します)に着色されています。
この配線は、2つの本線間の移動を可能にし、一貫性を持たせる為に考えられました。
2012年5月、T-TRAKヤフーグループへの電子メールで、Jim FitzGerald氏は、何故この規格になったか説明しています。
Jim氏は「Lee氏が(T-TRAKの)概念を持ってきたとき、それを作るにあたり発生する機械的なことを助けるようになった」と述べています。
2001年のことです。
KATO #20-041 62mm(2 7/16")フィーダー線路は、レールに電気を供給でき、また他のKATO製の電気製品と互換性があります。
Jim氏はそれらをモジュール上で使いたいと考えました。
Jim氏は(ケーブルが)緩んだ(外れた)際には、線路の下面までたどり着く必要があり、
モジュール端から1 3/4インチ(45mm)の位置でボードに3/4インチ(2mm)の穴を開ける必要があると認識していました。
手前の線路(外線)にはモジュールの右端に、奥の線路(内線)にはモジュールの左端に、これらの穴を設置することにしました。
モジュールの中心にプラグが向くようにフィーダー線路を設置しました。
これらの結果、電気配線は青白白青になりました。
電気配線を決めた時、KATOは #20-210 複線両渡りポイント(ダブルクロス)は出荷しておらず、
また、DCCは鉄道模型界であまり普及していませんでした。 |
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T-TRAK発展の道のり
2001年11月ニュースレターでは、2001年8月のJAMコンベンションの為に、
Lee氏の最初の3つのT-TRAKモジュールが日本に渡った方法と、
彼女のモジュールが含まれた2つのT-TRAK-互換のレイアウトがあったことが述べられていました。
2001年11月ニュースレターでは、直線と曲線の製作法も記載されています。
これらの初期のモジュールは、複線間隔25mm(別名 "標準:standard"複線間隔)で、
互いに隣の線路とぴったり接していることに注意してください。
2002年1月のニュースレターでは、
標準直線3枚構成のLee氏の「Center City set」T-TRAKモジュールの更新記事が掲載されました。
このモジュールは、側線(siding)と密集した都市の模型であることを特記しています。
Center Cityの写真は、ニュースレターの折り込みに掲載されました。
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概念:concept の成長の開始
2002年初頭、T-TRAKの概念が明らかに成長しました。
2002年3月ニュースレターでは、
ミシガン州のグレンアーバーのRichard Hein氏を通じて、
T-TRAKモジュールキットが初めて入手できると告知されました。
黒と白のバージョンのT-TRAKのロゴが3月号に初登場し、T-TRAKのバナーに使われ、
NTRAK ニュースレター中にT-TRAK ニュースレターが作成されたことが特記されました。
3月には、2枚組モジュールの最初の写真を含む、
Paul Musselman氏の初期モジュールの写真も掲載されました。
Paul氏は、T-TRAKの最初期の採用(製作)者で、かつ、
非公式 T-TRAK ハンドブック : Unofficial T-TRAK Handbook
の著者/管理者です。 |
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コミュニティ:Community の成長の開始
Paul氏に加え、他の多くのモデラーは、世界中を渡り歩く為、かつ、アイデアや写真を共有する為にインターネットを使用するようになりました。
2002年7月のT-TRAK ニュースレター(のwww.T-TRAK.org欄?)では、「9月中に、
オーストラリアのT-TRAKのウェブサイト : Australian T-TRAK web site
が作成される」ことを大きく伝えていました。
2002年10月に
T-TRAKのYahooフォーラム : Yahoo Forum
が作成されました。
このYahooフォーラムは、とても活発に活動し続けているT-TRAK(コミュニティ)です。
世界中のモデラーが自分のアイデアを共有する為の場所を提供し、
かつ、Lee氏の鉄道模型の普及拡大構想を進めることで、
このフォーラムはT-TRAKの普及と成長に尽力してきました。
2003年1月には、新たに「Shapemaster pre-molded module kit (訳者注:無理やり日本語にすると、シェイプマスター プレモジュール キット)」
が発売されました。
2003年7月のニュースレターに掲載されていますが、
このキットは、さまざまな形や大きさのT-TRAKモジュールを作成することができ、かつ、
木工工作をしなくともT-TRAKモジュールを作成することができるものでした。
このモジュールキットは、非常に人気がありました。加えて、
木工工作が完成できなかったモデラーにT-TRAKのアイデアを普及することを助けました。
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Dave Halloran氏作、シェイプマスターキット(Shapemaster kit)利用 "Wabash Crossing"(訳者注:無理やり日本語にすると、ウォバッシュの平面クロス) 訳者注:写真は http://ttrak.orgより |
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2003年1月のニュースレターでは、T-TRAKのロゴがカラーになったことと、 T-TRAK互換モジュールが発展し続けている日本で行われた第3回JAMコンベンションの概要を伝えました。 3月には、「カブスカウト:Cub Scout Pack 306」によって作成されたモジュールが掲載され、 このことは、T-TRAKを全ての年齢のモデラーに普及させたいという、Lee氏の願いを強く伝えることになりました。 |
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複線間隔33mm オルタネート:Alternate 規格の誕生
2003年9月のニュースレターで、
KATOユニトラックシステム規定の複線間隔33mmを使用した、オルタネート規格の導入が伝えられました。
(この規格には)複線間隔33mmの直線モジュール・曲線モジュールが含まれていました。
直線モジュールの寸法は複線間隔25mmと同じです。
一方、曲線モジュールは、使用される大きな半径の曲線を考慮して寸法が増加しました。
複線間隔33mmはより大きな機関車・車両の走行を可能にし、かつ、
この複線間隔は市場に出回ってるKATOユニトラック製品と互換性があったので、
すぐに、この規格は多くのT-TRAKを楽しんでいる方の標準になり、
今日のアメリカのモデラーにとっての主要な標準規格になっています。
一方で、特に日本のモデラーは、彼らの路面電車のレイアウトで複線間隔25mmを継続して使用しています。
3年間の発展後、2003年11月のニュースレターは、その時点までのT-TRAKの歴史の概要を特集しました。
2004年1月のニュースレターは、複線間隔25mmと複線間隔33mmの両方の内側曲線モジュールを導入しました。 |
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巨大T-TRAKレイアウト
2004年5月のニュースレターで、T-TRAKのレイアウトは、
バージニア州シャンティリーで行われるキャピトル・リミテッド:Capitol Limited 2004年コンベンションで
レイアウトスペースに含まれることになると伝えました。
シャンティリーのショーは、初めてのT-TRAKコンベンションで、
5つのレイアウト、114フィートのT-TRAKモジュールから成っていました。
ショーのモジュールは銘板を提示し、これらは9月のニュースレターのショーの写真で見ることができます。
T-TRAK分岐モジュールがそのショーで紹介されました。
それらの分岐モジュールは、より大きな複合エンドレスレイアウトを可能にし、
その時以来、(T-TRAK)レイアウトは拡大しています。
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将来T-Trak製作の採用は増加し続けています。アメリカと世界では、80以上の既知のクラブが積極的にT-TRAKを採用しています。 近くのクラブは、 T-TRAK Wiki club pageか Google Maps T-TRAK Gallery で見ることができます。 Yahoo T-TRAK Forum又は Facebook T-TRAK Group に参加することができ、(そこでは)あなたの意見や経験を共有できます。 |